宗 派 | 開 祖 | 本山(派) | 本 尊 | 経 典 | 有名寺 | 名 僧 | |
| 奈良仏教 | 法 相 宗 | 道 昭 | 興福寺(奈良) 薬師寺(奈良) | 釈迦如来 薬師如来 | 唯識論 般若・華厳経 | 法隆寺(奈良) 清水寺(京都) | 行基(奈良) 貞慶(鎌倉) 良遍(〃) |
| 華 厳 宗 | 道 (良 弁) | 東大寺(奈良) | 毘廬舎那仏 | 華厳経 | 国分寺(全国) | 高弁(鎌倉) 凝然( 〃) 鳳潭(江戸) | |
| 律 宗 | 鑑 真 | 唐招提寺(奈良) 西大寺(真言律宗) | 釈迦如来 | 四分律 十誦律 | 浄瑠璃寺(京都) | 覚盛(鎌倉) 叡尊(〃) 忍性(〃) 慈雲(江戸) | |
| 密 教 | 天 台 宗 | 最 澄 | 延暦寺(比叡山) 園城寺(寺門派) 西教寺(真盛派) | 釈迦・阿弥陀・大日・薬師如来 | 法華経 大日経 摩訶止観 | 寛永寺(上野) 輪王寺(日光) 中尊寺(平泉) 浅草寺(浅草) 四天王寺(大阪) | 円仁(平安) 円珍( 〃) 良源( 〃) 滋円(鎌倉) 天海(江戸) |
| 真 言 宗 | 空 海 | <古義派> 金剛峯寺(高野山真言宗) 勧修寺(山階派) 泉涌寺(泉涌寺派) 東寺(東寺派) 仁和寺(御室派) 大覚寺(大覚寺派) 醍醐寺(醍醐寺派) 善通寺(善通寺派) <新義派> 長谷寺(豊山派) 智積院(智山派) 根来寺(新義真言宗) |
大日如来
| 大日経 金剛頂経 | 新勝寺(成田) 平間寺(川崎) 有喜寺(八王子)護国時(小石川)室生寺(奈良) |
益信(平安)
聖宝( 〃) 覚鑁( 〃) 文覚(鎌倉) | |
| 浄 土 教 | 融通念仏宗 | 良 忍 | 大念仏寺(大阪) | 阿弥陀如来 | 華厳・法華 ・浄土三部経 | ||
| 浄 土 宗 | 法 然 | 智恩院(本派) 光明寺(西山浄土宗)誓願寺(西山深草派)禅林寺(西山禅林寺派) | 阿弥陀如来 | 無量寿経 阿弥陀経 観無量寿経 | 平等院(宇治) 高徳院(鎌倉) 増上寺(芝) | 重源(鎌倉) 弁長( 〃) 証空( 〃) | |
| 浄土真宗 | 親 鸞 | 西本願寺(本願寺派)東本願寺(大谷派) 仏光寺派(仏光寺派)興正寺(興正派) 専修寺(高田派) 錦織寺(木辺派) 専照寺(三門徒派) 毫摂寺(出雲路派) 証誠寺(山元派) 誠照寺(誠照寺派) | 阿弥陀如来 | 無量寿経 阿弥陀経 観無量寿経 | 唯円(鎌倉) 蓮如(室町) 教如(江戸) | ||
| 時 宗 | 一 遍 | 清浄光寺(藤沢) | 阿弥陀如来 | 無量寿経 阿弥陀経 観無量寿経 | 呑海(鎌倉) 一海(江戸) | ||
| 禅 宗 | 臨 済 宗 | 栄 西 | 建仁寺(建仁寺派)建長寺(建長寺派) 東福寺(東福寺派) 円覚寺(円覚寺派) 南禅寺(南禅寺派) 大徳寺(大徳寺派) 国泰寺(国泰寺派) 妙心寺(妙心寺派) 天龍寺(天龍寺派) 永源寺(永源寺派) 向獄寺(向獄寺派) 相国寺(相国寺派) 方広寺(方広寺派) 仏通寺(仏通寺派) | 釈迦如来 | 金閣寺(京都) 銀閣寺( 〃) 西芳寺( 〃) 竜安寺( 〃) 東慶寺( 〃) 瑞厳寺(松島) | 祖元(鎌倉) 夢窓( 〃) 一休(室町) 沢庵(江戸) 盤珪( 〃) 白隠( 〃) 円空( 〃) | |
| 曹 洞 宗 | 道 元 | 永平寺(福井) 総持寺(鶴見) | 釈迦如来 | 泉岳寺(東京) 最乗寺(神奈川)修善寺(伊豆) | 懐奘(鎌倉) 瑩山( 〃) 道白(江戸) 良寛( 〃) | ||
| 黄 檗 宗 | 隠 元 | 万福寺(宇治) | 釈迦如来 | 鉄眼(江戸) | |||
| 日 蓮 宗 | 日 蓮 | 久遠寺(身延山) 大石寺(日蓮正宗) 妙満寺(顕本法華宗)妙蓮寺(本門法華宗)本門寺(本門流) 本成寺(陣門流) 本隆寺(真門流) 妙覚寺(不受不施派)本覚寺(日蓮講門派) | 釈迦如来 | 法華経 | 本門寺(東京) 法華経寺(千葉)誕生寺( 〃) 清澄寺( 〃) 本能寺(京都) | 日向(鎌倉) 日興( 〃) 日朗( 〃) 日奥(江戸) | |
http://www.ne.jp/asahi/koiwa/hakkei/bukkyou26-4.htm
| ○○宗の○○寺と言うように現在は一寺一宗ですが、奈良時代まではひとつの寺にいろいろな考えの僧侶がいました。同じ分野を学ぶ僧侶たちが一つの集団を作りこれを衆と呼んでいました。各衆には大学頭や小学頭と呼ばれる人がいて、勉強する僧侶を指導しました。今の総合大学のような感じです。 これが平安時代になると、一つの衆だけで一つの寺を使用するようになり、衆より○○を宗むねとする派閥つまり宗派の存在が大きくなり、一寺一宗となりました。 下記は日本の代表的な13宗派です。各宗の特徴は宗名をclickして下さい。 |
| 空海 弘法大師 774-835 | ||
| 最澄 伝教大師 767-822 | ||
| 日蓮 立正大師 1222-1282 | ||
| 源空 円光大師 1133-1212 法然 | ||
| 親鸞 見真大師 1173-1262 | ||
| 良忍 聖應大師 1072-1132 | ||
| 智真 証誠大師 1239-1289 一遍 | ||
| 栄西 千光法師 1141-1215 | ||
| 日本には禅宗という宗派はありません。 | 道元 承陽大師 1200-1253 | |
| 隠元 真空大師 1592-1673 |
| 法 相 宗 |
| 「唯識三年倶舎八年」と言って難解な思想を持つ。無常のこの世で迷える自分自身の心を深く究明してゆく。密教のような即身成仏ではなく、長い時間をかけ段階を経て修行を重ねて成仏すると考える。また、ひたすら念仏や題目を唱えるとか坐禅をするなど、ひとつの行に専念するのではなく、さまざまな行を勧める。本尊は唯識曼荼羅(ゆいしきまんだら)。弥勒菩薩を本尊とする事も出来る。 |
| 律 宗 鑑真和上が有名 本山=唐招提寺 |
| 経・律・論の内、律を中心とする。戒・定・慧の三学でも定慧は戒に含まれると考える。戒律と言えば一般的には戒より律の方が念頭に置かれるが、律宗では戒に集約される(戒は自己規制=自発的。律は集団のルール=他律的)。スリランカ等の南方仏教の戒とは異なるが、天台宗系統とはまた異なる戒の系譜です。空海の影響で灌頂(かんじょう)もある。教典は四分律、梵網経、法華経が中心。本尊は盧舎那仏(るしゃなぶつ) |
| 最澄と空海は同じ密教系でも奈良仏教系とのかかわり方が異なる。空海は協調的で、奈良仏教系の寺に密教の影響を残している。最澄は戒のあり方で対立することが多かった。そのため奈良県には天台宗の寺が少ない。 |
| 華 厳 宗 |
| 「一がそのまま多であり、多がそのまま一である」という相反するものを一つに統括しようとする考え方を持つ。哲学的な雰囲気が濃厚で宇宙的でもある。空海が東大寺の別当になったことがある為、作法や行事に真言宗的なところがある。教典は大方広仏華厳経が中心。本尊は毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)太陽のように光明を放つ仏で、この光明によって迷っている人々を浄土である華厳世界に導く。 |
| 真 言 宗 |
| 曼荼羅的な思想が中心。十住心思想といって、人の心のあり方、価値観、宗教などを10段階に分け、最終段階は大日如来と同レベルに達することを説く。大日如来がすべての根本であって、万物は大日如来と深いかかわり合いを持っていると考える。また真言密教以外の教えは顕教とし、それは真言密教の一部であり、密教に到達するまでの過程とした。教典は大日経と金剛頂経が中心。本尊は大日如来。 |
| 真言宗と天台宗とでは密教の取り扱い方が異なる。真言宗の密教は東密(とうみつ)と呼ばれ天台宗の密教は台密(たいみつ)と呼ばれる。天台宗では顕密一致といって密教と顕教を同格に扱う。 |
| 天 台 宗 |
| どの宗派とも違いが少ないのが特徴の一つ。また天台で学んで宗祖になった人が多いのも特徴。円、密、禅、戒、どれも大切にする(四宗融合)。人それぞれ縁に応じてどの分野から入っても良い。修行も四種三昧といって四通りの方法がある。四種三昧のひとつ常行三昧の発展した回峯行も特徴。教典は法華経中心であるが朝題目夕念仏といい、朝は法華経中心、夕方は阿弥陀経中心で勤める。本尊は定め無し。 |
| 本尊をしいてあげれば法華経が中心なのでお釈迦様。または本山の根本中堂の本尊が薬師如来なので薬師如来。 |
| 日 蓮 宗 江戸時代までは法華宗または日蓮法華宗といった。現在でも法華宗を名乗る一派もある。 |
| 法華経中心を徹底し、法華経と人の生き方と一体化させようとする。特に第16章の如来寿量品をよく読む。法華経の中で未来に登場するとされた上行菩薩は自分だと日蓮は考えた。南無妙法蓮華経の7文字に法華経の功徳がすべて込められている。お題目を唱えることは、法華経を読む、奉持する、他人に説く、書写する、などと同等の価値があると考える。本尊はお釈迦様、大曼荼羅、日蓮聖人。 |
| 日蓮が学んだ天台宗も法華経を中心にすえているが、天台宗は多面性を持ち、法華経とは哲学的な関わり方をしている。日蓮は法華経を身体で読んだとも言われる。 |
| 浄 土 宗 当初は善導宗とも呼ばれた |
| 修行による成仏は否定し、修行の価値を認めない。念仏を唱えることは行として勧める。唱えることで極楽往生する。念仏を唱えることを重視。成仏と往生は区別して考える。極楽往生の後、極楽浄土で修行し成仏すると考える。教典は浄土三部経のうち観無量寿経に重きを置く。本尊は阿弥陀様。向かって右に観音様、左に勢至菩薩を祀るのが基本(弥陀三尊の形式)。 |
| 浄土三部経は無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の三つ。 |
| 浄土真宗 |
| 人が求めなくとも仏が救って下さるという考え(他力回向の理論)。いずれ仏になることが約束されているから、改めて修行する必要はない。「阿弥陀様が救って下さる」と信じることで往生できる。それ以降は感謝の行ないとして念仏を唱える。教典は浄土三部経のうち無量寿経に重きを置く。本尊は阿弥陀様。理論的には「南無阿弥陀仏」という言葉(名号)。 |
| 浄土真宗では弥陀三尊の形式はとらない。救い主は阿弥陀様のみ。阿弥陀様が人の苦悩をじっとして見ていられない事を表わすため坐像ではなく立像。他力は阿弥陀様の力を指す。 |
| 融通念仏宗 |
| 「一人の祈りがすべての人の為になり、すべての人の祈りは自分のためにもなっている」同じように一行の念仏はすべての経文と同様になり「一と多」は互いに融通する関係となる。毎日百遍の念仏を唱えること(日課念仏)が修行の根幹。阿弥陀様の存在の仕方が他の浄土系と異なり、密教系の大日如来的な存在。教典は華厳経と法華経が中心。浄土系であるが浄土三部経は二義的。本尊は十一尊天得如来。 |
| 十一尊天得如来は中央に阿弥陀様、周囲に10体の菩薩が囲む曼荼羅。「一が多、多が一」の考えは華厳経の特徴。 |
| 時 宗 |
| 念仏を唱える時は、唱える心構えや、その結果がどうなるか、などと言うようなことを心配する必要はない。ただ心のままに、何も期待せずに念仏を唱えることを説く。日々の生活の中で一瞬一瞬を臨終と考える。念仏を唱えて往生するのではなく、念仏すなわち往生という考え。教典は阿弥陀経が中心。本尊は阿弥陀様または南無阿弥陀仏の書。 |
| 臨 済 宗 |
| 教典や教えに依存せず相手の心に直接働きかけ、その本質を悟らせる。あらゆる生命と共存していることに感謝するため、色々な仏様や神様を祀る。すべてのものに仏性を見て礼拝する。1700余りの祖師の言葉を体得することが悟りの基本。そして日常の中に真理を具体的なモノとしていくことが求められる。坐禅の座り方は対面形式で行う。教典は特に定めない。本尊も定めなし。普通お釈迦様が多い。 |
| 本来の禅宗様式は本尊を祀らず、その場所には椅子をひとつ置く。椅子に座って法を説く人が本尊に相当する。また、この場合お堂は法堂(はっとう)と呼ばれる。仏像を祀るお堂は仏殿と呼ぶ。 |
| 曹 洞 宗 |
| 坐禅を修行の基本として、修行の威儀作法を重視する。悟りを求めない修行によって悟りを得られると考える。悟りを目的とする修行は打算的であり打算的な悟りを生む。悟るまで修行することは、悟ったら修行しなくて良いことになる。悟りへのこだわりはいらない。坐禅の座り方は中国以来の面壁。教典は道元が書いた正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)が中心。その道元は法華経を大事にした。本尊はお釈迦様。 |
| 黄 檗 宗 明治9年 臨済宗黄檗派から黄檗宗に |
| 修行形態は臨済宗と同様。儀式の形式や使われる言葉は明時代の様式。教典は特に定めない。陀羅尼や阿弥陀経も読む。念仏を唱えるが浄土系とはかなり捕らえ方が異なる。南無阿弥陀仏を「ナムオミトフ」と読む。般若心経は唐音で読むのが特徴「ポゼポロミトシンキン。カンツサイプサ、ヘンシンポゼポゼポロミトス」となる。最近では他宗と同様に漢音で読む事もある。本尊はお釈迦様。 |
法華系の伝統宗教[編集]
「十三宗五十六派#日蓮宗」も参照
(基準は「十三宗五十六派」の分類による)名称の一覧については門流を参照。
法華曼荼羅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E6%9B%BC%E8%8D%BC%E7%BE%85
法華経
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E7%B5%8C
http://www7.ocn.ne.jp/~takesi66/
日蓮宗(にちれんしゅう)
- 鎌倉時代中期に日蓮によって興された仏教の宗旨の一つ。法華宗とも称する。。鎌倉時代中期に日蓮によって興され、かつては(天台法華宗に対し)日蓮法華宗とも称した[1]。開祖である日蓮の主要著作「立正安国論」のタイトルから、わかるように、国家主義的(ナショナリズム)傾向の強い教えと、見る識者は多い[2][3][4][5]。
- 1872年(明治5年)、教部省の通達にもとづく「一宗一管長」制にもとづいて成立した日蓮門下の全門流による統一教団の名称。翌1873年(明治6年)、教義の違いにより、日蓮宗一致派と日蓮宗勝劣派に二分されて解体消滅。
- 1876年(明治9年)、日蓮宗一致派が、あらたに公称することをゆるされた宗号。この日蓮宗は1941年(昭和16年)、日什門流の顕本法華宗、日興門流(富士門流)の本門宗との三派合同により解体・消滅。
- 身延山久遠寺(くおんじ)を総本山とし、勝劣一致の諸門流からなる宗教法人。1941年(昭和16年)、勝劣派の顕本法華宗・本門宗と一致派の日蓮宗がそれぞれの組織を解消して対等合併(三派合同)することによって成立。現行の「宗教法人・日蓮宗」
文永11年(1274年)、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭南部六郎実長(波木井実長)が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦・広宣流布及び弟子信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念した。
弘安4年(1281年)に十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「妙法華院身延山久遠寺」と名付けられたという。日蓮は弘安5年(1282年)9月に湯治療養のため常陸(加倉井)の温泉と小湊の両親の墓参りに向かうため久遠寺を下山し、途中、信徒であった武蔵国の池上宗仲邸(現在の東京都大田区本行寺)に滞在して6人の弟子「六老僧」を決め同地で弘安5年10月13日に死去し、日蓮の遺言「いづくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」に従い、遺骨は身延山に祀られた。足かけ9ヵ年の生活であった。
日蓮の身延山での生活は日蓮遺文に記されており、「人は無きときは四十人、ある時は六十人」とあるように、このような人数で生活をしていたと考えられている。各地の信徒より生活必需品が多く届けられ、日蓮はこの身延山をインドの霊鷲山を移した山であると示し、信仰の山として位置づけている。身延山での生活で遺文の3分の2が執筆されており、日蓮真筆の曼荼羅もほとんどがここ身延山で手がけられている。身延山は日蓮教団における最高の聖地であると位置づけられており、日蓮の遺骨は歴代の法主(住職)により、日蓮の遺言通り今日まで護られている。
身延山久遠寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E9%81%A0%E5%AF%BA
歴史[編集]
弘安5年(1282年)9月8日、病身の日蓮は身延山を出て、湯治のために常陸(茨城県)へ向かう。9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に到着。生涯最後の20数日間を過ごすこととなる。同年同月に、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源という。同年10月13日に日蓮が没すると、池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて六万九千三八四坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼びならわされている[2]。その後は日蓮の弟子・日朗が本門寺を継承した。
池上氏館の居館部分は本門寺西側の谷の一帯にあったと考えられており、現在は、1276年(建治2年)建立された池上氏館内の持仏堂(法華堂)を起源とする本門寺の子院・大坊本行寺の境内となっている。本門寺は、鎌倉・室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、近世に入ってからも加藤清正や紀伊徳川家等諸侯の祈願寺となり栄えた。
江戸時代、不受不施派を奉ずる本門寺は、身池対論を経て久遠寺の傘下に収まった。第二次世界大戦の空襲によって五重塔、総門、経蔵、宝塔を除く堂宇を焼失したが、戦後順次復興した。
池上本門寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E6%9C%AC%E9%96%80%E5%AF%BA
教義[編集]
所依の妙法蓮華経を構成する二十八品(28章)を前半の「迹門」、後半の「本門」に二分し、本門に法華経の極意があるとするのが勝劣派である。勝劣派は、更に、「日蓮を本仏とする派」と「釈尊を本仏とする派」に分かれるが、日蓮正宗は、日蓮本仏論を教義とする。1279年(弘安2年)10月12日の宗祖日蓮所顕と伝えられる本門戒壇之大御本尊(総本山大石寺奉安堂に安置)を帰命依止の本尊と定め、宗祖の出世の本懐(ほんがい)であり、宗祖所顕の曼荼羅の中でも究境の大曼荼羅として位置づけている。教義の基本は、正しい本尊(本門戒壇之大御本尊)を信じて自行化他に題目を修行しさえするならば、どんな者でも必ず一生のうちに成仏できる、ということである。また、仏教各宗派によってさまざまな戒律が説かれているが、日蓮正宗における戒とは「三大秘法の受持」の意である。よって信徒個人レベルにおける戒律の実践は、「一切の謗法を捨てること(=日蓮正宗以外の本尊を拝まないこと)」、「勤行唱題および弘教活動(=広宣流布)を実践すること」で十分である、とされる。すなわち日蓮正宗においては、本尊こそが「三大秘法」の中心として考えられている訳である。日蓮正宗
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E6%AD%A3%E5%AE%97
日蓮正宗法華講
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E8%AC%9B
冨士大石寺顕正会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A8%E5%A3%AB%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E5%AF%BA%E9%A1%95%E6%AD%A3%E4%BC%9A
獅子吼会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8D%85%E5%AD%90%E5%90%BC%E4%BC%9A
創価学会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A
立正佼成会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%AD%A3%E4%BD%BC%E6%88%90%E4%BC%9A
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