2014年4月12日土曜日

落合莞爾 孝明天皇は偽装崩御して裏天皇となった?~落合莞爾説の紹介




 
 
実現論を塗り重ねてゆく
275635孝明天皇は偽装崩御して裏天皇となった?~落合莞爾説の紹介
 
山澤貴志 ( 48 鹿児島 ITコンサル ) 13/05/02 AM00 【印刷用へ】
落合莞爾という人の 「 明治維新の極秘計画 ~ 堀川政略とウラ天皇 」「南北朝こそ日本の機密」という本がある。現在読んでいるが、鬼塚英明氏の論考に並ぶ、なかなか優れた歴史考察である。

落合莞爾さんは1941年、和歌山市生まれ。東京大学法学部卒業後、住友軽金属を経て経済企画庁調査局へ出向、住宅経済と社会資本の分析に従事し、1968年~69年の 『経済白書』の作成に携わる。その後、中途入社第1号として野村證券に入社、商法および証券取引法に精通し、日本初のM&Aを実現する。日本および世界の金融経済の裏のウラを熟知する人物で「金融ワンワールド」なる著書もある。自ら南朝の末裔を自称する、皇室インサイダーである。

鬼塚英明氏が孝明天皇暗殺説を展開したのに対して、落合氏は孝明天皇の崩御はフェイクで京都の堀川御所に隠れて、東京の天皇と役割分担をしたのだ、という説である。

鬼塚説(孝明天皇暗殺説)がインターネットで出回りすぎたため皇室サイドも無視できなくなり、そのもみ消しに走ったとも読めるが、南北朝にまで遡って、シャーマンとしての天皇の存在意義を直視した論考としては注目に値すると思う。

早計な判断は一旦置くとして、説を紹介する、

以下、リンク より転載

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落合氏は孝明天皇暗殺を世に知らしめた鹿島昇氏の説は拙劣粗雑であると断じ、本当は孝明天皇暗殺は偽装であるばかりか、偽装工作の張本人は孝明天皇その人と尹(いん)宮(中川宮:久邇宮朝彦親王) であると主張されています。 そして孝明天皇は息子:睦仁親王と共に堀川御所に移って「 京都ウラ天皇 」 となり、その息子が堀川辰吉郎であると。

政体天皇 ( 東京表天皇 ) と 國体天皇 ( 京都ウラ天皇 ) の双文制を執った理由として、政体帝都江戸を維持しなければならないことと、國体護持のために天皇は国家シャーマンとして富獄( 富士山 )を西( 大峰山 )から拝さねばならない。 とする点は、うっかり納得してしまいそうになる素晴らしい論拠ですが、ウラ天皇( 國体天皇 )をもって欧州王室連合 = ワンワールドとの血縁関係と国際金融連合への加入を目論んだ( 受け入れた )との主張には首をかしげざるを得ないものの重要な示唆を与えてくれます。

しかし、これまで誰も語ることのなかった久邇宮( 尹宮 )と光格天皇にスポットを当てた点や、小栗上野介等による金銀レート操作や徳川埋蔵金に纏わる話などは目からウロコです。金融面における実行役が、小栗上野介忠順と榎本武揚、渋沢栄一であるとしてその実態をおそらくは初めて詳しく紹介したのはさすがは元野村證券マン! と云った感があります。

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著書から補足すると落合氏の史観の特徴は、天皇制をその取り巻きによる対立と統合の歴史とみる史観をバックボーンとしています。以下、「南北朝こそ日本の機密」より要約

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日本史の際立った特長は本来親しかるべき兄弟が周辺勢力に推戴され、もしくは自ら率先して特定勢力の中核となり、その結果兄弟が相対峙するパターンが何度も繰り返されています。神話の山彦・海彦、天智と天武、清和源氏、応仁の乱の足利義視と義尚、そして南北朝の対立です。この対立を巧妙に回避したのが、室町時代の大塔政略で、この時も南北朝の対立による国体の衰弱を避けるため、ウラ天皇をつくりだしています。そして、海外の開国圧力が強まり、天皇制にキリスト教化の圧力が加わる中で、取られた戦略が、孝明天皇偽装崩御による京都天皇=シャーマン天皇の温存という手法だったのです。
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鬼塚氏の左派的分析と、落合氏の皇室インサイダー的分析を統合していくことで、「ウラ天皇」の事実、さらにはこれからの日本の可能性も見えていくように思います。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=275635



http://rirateraera.blogspot.jp/2014/03/blog-post_3070.html


http://rirateraera.blogspot.jp/2014/04/ajer2014130.html

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