サン・ジェルマン伯爵のメッセージ
時空を超えて活躍するマスターからの贈り物
<はじめに>
この物語は1930年代、アメリカの古き佳き時代に実在した人物が、時代と国家を導く偉大なるマスターである、サン・ジェルマン伯爵に、アストラル界で教えを受けた実話をもとに構成されています。サン・ジェルマン伯爵については、詳しいことはあまりわかってはいませんが、不老不死の術を心得、時代や歴史の転換期に現われ、その国で活躍する、指導者を精神的に導く、と言われています。フランス革命や、アメリカの建国、日本の明治維新においても、陰の立役者として多くのリーダー達に、本物のフロンティア精神を与えました。今回の舞台である、1930年代のアメリカ合衆国は、これから大きな発展を遂げようとしている、成長期にありました。
仕事でシャスタ山のふもとに滞在することになった主人公のもとに、サン・ジェルマン伯爵は現われ、実にたくさんのメッセージと多くの神秘体験を与えてくれました。それは秘教の道を求める全ての学徒に宛てたメッセージでもあります。主人公の体験談に入っていく前に、サン・ジェルマン伯爵が主人公と対話するための手段として用いた、アストラル・プロジェクションについて触れておきます。
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<アストラル・プロジェクション>
![[月]](http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/images/bigmoon.jpg)
人間の肉体は地球に、霊(心理)体は月に、魂(エッセンスを含む)は太陽に属しています。七つの霊体を人間は持つ、と言われていますが、実際は月に属する霊というのは、死んだ霊体であることを意味しています。月は全ての機能を終えて地球を吐き出したあと、ほぼ死んだ星となっています。現在の地球に対する主だった役割というのは、太陽の絶対エネルギーを反射変換し、地球の生命体を育むことです。私達は月のエネルギーに育てられ、年をとり死んでいきます。
この霊体の一つである、アストラル体も月に属しているうちは、意識のない死んだ霊体(幽霊)でしかありません。自動車を持っていても運転の仕方、使い方がわからないように、アストラル体を持っていても、夢の中(アストラル界)で意識を持つことも、アストラル・トリップすることもできません。しかしながら、心理的、性的なエネルギー変換を通じて、アストラル体は培われ肥沃になり、魂の高等な要素を反映することで、太陽に属する、意識ある霊体となっていきます。
人間の霊体に関しては、アストラル体だけでなく、メンタル体、コーザル体、その他の高次元に対応する体は、全くの幽霊状態であるにもかかわらず、今現在の私達の意識を投影して、高次元での体験を持つ、ということができます。それがここでいう、アストラル・プロジェクションです。
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<意識のプロジェクト>
サン・ジェルマン伯爵は私に「意識のプロジェクト」を体験させてくれました。何度目かの会見の後、彼は私に言いました。「今回は意識をプロジェクトしましょう」。そう言ったかと思うと、右手を私の顔の眉間の部分に置き、その瞬間、強い電流が体の中を流れるのを感じました。手を離した後、彼は私に言いました。
「マインドを落ち着かせて、これから見るビジョンに活かしていってください。あなた自身が、この地上の全ての物事、全ての力に対して、意識を持って対処し、そしてマスター(指導者)てとしての条件を形成していく必要があります。あなたが何をしようとも、常に自覚している、ということが大切です。自分のマインドと肉体を完全にコントロールし、あなた自身の選択の自由を常に行使していってください。
意識のプロジェクトの際には、あなたの全ての感覚機能を、常に意識を持って駆使することができます。そこには、トランス状態や催眠状態といったものが入る余地はありません。そういった状況の中では、体験者の意識ある意志が働くことはありません。すなわち、本人の意志ではないものによって操られている、ということです。それらは心身に有害で、霊的な成長を阻む破壊的な行為です。
ここでいう『意識あるコントロール』の意味を理解してください。マスターの位階(グレード)と、この意識的な力の使用は、この地上のあらゆる時と場所において、内なる至高の存在の指揮の下にある必要があります。高次世界への上昇を果たしたマスター達は、個人の持つ選択の自由という、神聖な特権を無視して、他者に強制する、ということは、絶対にしません。
![[投影図]](http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/images/project.jpg)
例えば、一人の学徒が複数の場所で起こっていることを、同時に体験できるよう、マスターが、その学徒の意識を拡張することができます。アストラル・プロジェクションによって、どこか遠く離れた天体に行く場合には、向こう側の意識とこちら側の意識 (肉体のある部分の意識) が、同時に二つの場所に存在します。こういった場合においても、この学徒の感覚機能は、百パーセント彼自身の選択の自由による、コントロールの範囲内にあります。彼は能動的であり、常に自覚があります。自分の肉体がある場所においても、マスターに導かれて赴く彼(か)の地においても同様の意識を持ちます。
マスターが学徒の意識状態を、一時的に上昇させるのは、学徒が自力で同じことができる、ということを示すものです。意識を拡張してもらうことによって、学徒はそこから多くを学んでいきます。この意識のプロジェクションは、学徒のマインドと身体の原子構造の振動数をレベルアップすることによって行われます。
このときにマスターから学徒に向けて放たれる、高次的な振動のエネルギーは、私達の通常の五感で捕らえられる印象のエネルギーと同じ種類のものですが、それらよりも数オクターブ高い、とても洗練されたエネルギーが使われます。
人間が半覚醒の状態、眠りと目覚めのはざまにあるとき、自分の近くと遠くに起こっていることを、同時に知ることができます。周囲に対する意識を拡張収縮することで、遠くや近くの世界や、ミクロやマクロの世界に焦点を合わせることができます。
一輪の花を見ると同時に、その花が植えられている庭全体を見ることができるように、私達が通常使っている視覚機能を拡張、収縮することができます。通常人間の意識は、自分の感覚機能を、ある一定の範囲内で使うよう、習慣づけていますが、全く同じ機能を各人の意志の方向づけによって、望遠鏡のようにも、顕微鏡のようにも使うことができる、ということです。すぐそばの周囲の出来事を感じながら、遠く離れた別の場所で起こっている出来事を、同時に捕らえるということもできるのです。
あなたがこの内なる神聖な活動をよく観察するのであれば、高次的な感覚も底次的な感覚も、完璧に一体である、ということを知るでしょう。このエネルギーの増幅のプロセスは、ラジオの波長を合わせるように、自然でノーマルであることを感じるでしょう。
音には色が含まれてあり、色には音が含まれています。通常の感覚機能の状態であっても、静かにしていれば、音を見ることができるし、色を聴くことができます。人間の視覚が捕らえる色の範囲は、紫外線と赤外線の間ですが、上昇を果たしたマスターの光の放射を通じて、人間の限界を超えた更なるオクターブに至るための感覚を得ることができます。
理由もわからないまま、意識が一時的に超越したような感じを覚えたり、高次的なインスピレーションを受けることがありますが、この意識のプロジェクションは、暗示的な要素によるメンタル・イメージとは全く違うものです。仮想現実を設定するのではなく、物理的な出来事と同様に、真実の体験を生きるのです。なぜならば、内なる神と上昇を果たしたマスターはひとつであり、最終的に学徒の意識は、マスターを通じて、至高の一なる存在へと繋がってゆく必要があるからです」。
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<黄金伝説を生きる>
ここまでサン・ジェルマン伯爵が、前置きした後、私の目の前には、大変古い時代の一場面が現れまてきました。それを傍観者として見ている「私」と、その場面の中に実際に存在し、その時代を生きている「私」、それら二つの意識がありました。その時のマインドの状態というのは、普段とは比べ物にならないくらい、コントロールの範囲が広く、繊細で格調の高いものでした。そのようにして、アカシック・レコード (宇宙に起こった全ての事実が記されている) の霊気的な事象が再現されるのを、静かに眺めていました。
![[ナイル川]](http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/images/nail.jpg)
アフリカのサハラ砂漠が肥沃な土地であった時代のことです。川が流れ、土地全体が潤っていました。大変な栄華を誇る大帝国がありました。この文明の最盛期は、今から七千年ほど昔のことです。伯爵と私は、この帝国の中央都市へと足を踏み入れ、階段を上っていくうちに、無重力状態の感覚を覚えました。その街で見かける人たちの動きは、静かで、鋭敏で、繊細なものが感じられました。
彼らに対する疑問が心の中で湧くと、サン・ジェルマン伯爵は、すぐに察して応えてくれました。「彼らは、自分自身の起源と思い出を、はっきりと持っています。神の末裔である、ということを認識したいがために、自らのパワーと叡智をクリエイティブに操作し、実際にその成果を、自分の中に持っています。奇跡のように思われるかもしれませんが、奇跡というのは、人類の記憶や概念から失われてしまい、起こり得ぬこととされているものです。現在の人間の意識では理解できない法則が適用されている場合がそうです。それは、愛と平和の法の秩序を通して起こった事実なのです。」
この都市の中央には美しい建物があり、その外装には、色自体が発光するような明るさがありました。案内人が私達を、この大帝国の王のもとへと導いてくれたのです。現在のサハラ砂漠のかつての王、それは誰だと思いますか? サン・ジェルマン伯爵その人だったのです。
この国の至福を授かった民(たみ)について、これから見ていきましょう。なぜ彼らが至福を授かったかというと、その大部分の人たちが、まだ『その意識』、本来の意識というものを維持していたからです。叡智とパワー、神の末裔としての知識と、その使い方を心得ていたからです。自分の肉体は、至高の存在の道具でしかなく、この王国においては、自分が創造された、その目的を果たすための行為しか許されなかったのです。このような意識の覚醒状態のもとでは、内なる偉大な存在は、何の妨害もなく、完璧に顕現することができました。王国は、平和と幸福、繁栄に満ちていました。王は叡智のマスターであり、偉大な光を所有する真実の存在でした。光の法に則った政治が行われ、この王国は地上において、完全さを表現する一つの実例でした。何百年もの間、軍隊は存在せず、人々は空中の交通機関、宇宙船のようなものを利用していましたが、進化に伴い、自分の繊細な霊体そのものを、交通手段として用いることができました。意識のエネルギーを変換して、肉体を移動させることができたのです。
この時代の経済メディアは黄金(きん)でした。黄金は雰囲気を浄化し、バランスをとり、蘇生させる力があり、いにしえの佳き時代には、それが生活の中に効果的に取り入れられていました。黄金は創造の主たちによって、地球に置かれた物質ですが、現在その本当の目的については、全くといっていいほど理解されていません。黄金は大地の中で植物のように成長し、それに伴い大地のエネルギーも安定していきます。そのようにして、自然界の四大要素に関与していきます。この黄金が地球に配置された大きな目的は、そのエネルギーを地上に放射し、原子構造のバランスをとることです。黄金は地球における太陽エネルギーを補佐する最も重要な媒介であり、この時代には『落ちてきた太陽の光線』と呼ばれていました。
さて、全ての時代にみられるように、大衆の中には、自分の内なる神の偉大な作業を成就するよりも、一時的な感覚や快楽に興味を示す人が人たちが現れます。そのような感覚に引き付けられたマインドからは、内なる神聖なパワーが失われてゆきます。このような現実を前に、王国の指導者たちは、「堕落した民は、彼ら自身で習得するしか道は無い」ということを、知っていました。人類に与えられる全ての幸福、恩恵は、自分自身の内なる神を崇拝することによって与えられる、ということを彼らは、大変苦しい習得を通じて学ぶことになるでしょう。それによって偉大な光のもとに帰り、幸福の意味を再認識することができるのです。
![[神殿]](http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/images/egypt60.jpg)
それゆえ王は、自分の国の民が、次第に沈んで闇に呑まれていくのを、悲しい思いで見ていました。もう自分の王国を、このままの状態で続けることは不可能であることを悟っていたからです。王は高次元からの指示を受け、側近を集めて別れの宴を開くことにしました。宴が催される、王宮の一番豪華な部屋の丸い球体からは、光が放射されていました。それが丸屋根の内側の内装の宝石に反射し、その美しさは例えようもありませんでした。
王の側近や顧問が一堂に会するのは、これが始めてでしたので、色々な噂が飛び交いました。招待客には、何のための宴会か、そしてこれから何が起こるか、一切知らされていなかったからです。大宴会の夜、この気高い王の心の内を、誰も知ることがありませんでした。美しい天上の音楽が流れてきて、集まった人はとても驚きました。この国において、王は神のように慕われ、崇められてきましたが、それにも増して、彼の愛は大きく、人々の換気を促すものを持っていました。
王の娘は、美しい装束で彩られていて、そこにはあらゆる宝石がちりばめられていました。このような宝石を公の場で公開するのは、王国始まって以来のことであり、それらの宝石は、内なる神を崇拝するためのプライベートな場でのみ、使われるのを許されていたからです。そのような場において、王は神々の力を呼ぶ祈念を唱え始めました。
『御身(おんみ)よ、全能であまねく存在するものの起源、宇宙を司る御身、一人一人の人間の心の炎、我らの愛を御身に供します。我らの崇拝を、そして感謝をささげます。御身の命と光とそして愛に、御身のみを崇拝し、御身のみにわれらは向かいます。可視なるもの、不可視なるもの全ての存在、進化するもの、退化するもの全てに創造と愛の力を注ぐ唯一の主、御身に嘆願する。ここにいる全員、私の民に、近づく危険を観るために、目を覚まさせたまえ。毒の空気のように彼らの身体の中に入った、無気力と無関心、それが霊の深い眠りを生じさせてしまった。もし彼らが、外側の存在の殻を自ら破る、その経験を通過しなければならないのであれば、御身によって彼らが支えられますように。御身の永遠なる完璧なゴールまで、彼らを導き給え。』
そのように王は唱えると、席に座りました。その後素晴らしいご馳走が並べられ、食べるとお皿はどこへともなく消えていきました。この王国の中で行われた最も豪華な、この宴会が終わりに近づくと、再び静寂が流れました。皆はこれから起こることを心配げに見守っていました。王は再び立ち上がり、全員を見ていましたが、しばらくすると、一人一人の右手にクリスタルのグラスが現れました。それは見る見るうちに、電子的なエッセンスで満たされていき、全員がそれを飲みました。これは霊に対する防御の質料だったのです。内なる至高の存在を忘れることのないよう・・・。この霊に対する防御は、信念と忠実さで、彼らの神に、そして王国の王に仕えてきた、参加者全員に報償として与えられたものでした。一人一人がそのグラスを高く掲げ、自分自身の中にある至高の存在に捧げました。この宴会は、ラジオのような装置で、王国全体に実況中継されました。
王の前に一人の高次の存在が現れました。偉大な静寂のある場所からやってきた、そのマスターは厳かに言いました。
『地球の子たちよ、大きな危機の時に重大な知らせを持ってきました。あなた方を包んでいる感覚のあざむきから目を覚ましなさい。遅すぎないうちに、その昏睡状態を終わらせなさい。この王は、これより身を引き、それ以降あなたがたは、自ら選び、自らを引き寄せた経験を通っていかなければならない。あなた方自身が、既にコントロールできないほどの無知への扉を開き、そして外部の感情に引きずられているからです。
あなた方は、自分自身の起源である、偉大な存在を思い起こすことが、何と少ないのでしょう。存在するもの全て、存在したもの全て、そしてこれから存在するであろうもの全ての、無限の原因である創造主のことを。あなた方は、その偉大な存在に感謝を捧げません。自身の存在を可能にしている肉体に、日々の糧(食物)を与えるのであれば、どうしてその自然に対する恩恵だけでも、感謝しないのですか。あなた方は、他人が行った、はかないこの世的なことに対して、ありがとうと言います。しかしながら、どうして、全ての命、愛、知性、全てのパワーの起源を忘れてしまうのですか。おお民よ、あなた方が一瞬一瞬満喫する、その喜びの表現、それに対する感謝はどこにあるのですか。あなた方はそれを自分のものだと思っているのですか。それはいつの時代にも、そしてこれから先も、唯一の偉大なる起源に属するものなのです。
この偉大な神が、絶え間なく供する所の命のエネルギーを、悪く使うことによって、あなた方自身が、これほどまでに破壊的で苦しい状態を作ってきたのです。自分自身でさえ、もうそれに我慢することができなくなっています。にもかかわらず絶望、苦悩、反抗し、自分の悲惨さから救ってくれるよう、神に求めます。それがあなた方に絶え間ない愛を注いできた存在に対する、捧げものなのでしょうか。これは創造の中における一つの汚れとなるのです。しかしながら、この後も永遠の詩(うた)の偉大な旋律のリズムは続くでしょう。人類は、美しい天体の音楽に不調和をもたらした張本人です。
選択の自由という、神聖なエネルギーをどのように使うかによって、その個人にもたらされる結果は、全く違ったものになります。一人の人間の習慣や癖というのは、ある一定期間維持されることによって、感覚の中枢の推進力となります。不調和や悪感情が繰り返されることによって、ある種の嗜好パターンとともに、思考、感情センターが動かされていきます。それらはあなた自身が作り出した、悪い創造物です。それらはあなたを転生へと連れて行き、それらを人生において理解するまで、あなたは何度も生まれることになります。その度に、自分が作ってきた不調和、争いや妬みを経験し、あなたがそこから、愛の法に従うことを学ぶまで、繰り返されるのです。
![[オーロラ]](http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/images/orora.jpg)
愛というのは、マインドが創り出した、メンタルな想念ではなく、逆にマインドを産み出した、純粋で光り輝く存在だからです。これは至高の偉大な炎のエッセンスであり、形や動きの中に、成分として注ぎ込まれるものです。従って愛は、自分自身のために何も望みません。なぜならば愛は、絶えることなく自分を創造しているからです。いつの時代にも愛のみが、あなた方がかつて住んでいた、彼(か)の地、天界へと戻る唯一の方法なのです。
国境近くに一人の王子がやってきています。王の娘を娶(めと)りにこの都に入ってくるでしょう。あなた方は、この王子によって統治されるでしょう。あなた方自身の失敗を認めたとしても、今更遅いのです』。
ここまで話すと、マスターは王家と王国全体に祝福を与え、静寂のうちに消え去っていきました。その翌日、例の王子がやってきて、戦わずして、この王国は王子の手に落ちました。それから二千年後、この土地は果実も実らぬ、乾いたサハラ砂漠となりました。水は消え、退廃が蔓延し、これらは全て、人類の不和とエゴイズムによるものでした。その影響は、自然の植物界にまで及びました。かつてのこの王国は、東アフリカから、ヒマラヤ山脈に及ぶまで膨大なものでした。アトランティス大陸が沈む、最後の大異変に、かつての王国があった土地は、海に沈みました。
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<夢から覚めて>
この壮大な物語を体験した後、私は自分自身の感覚を、どのように認識すればいいのか、しばしわからなくなりました。この遠い時代を実際に生きたという生々しい実感があったからです。周りを見渡すとそこは、最初に伯爵と会ったシャスタ山のふもとでした。美しいシャスタ山を眺めながら、夢から覚めた私が感じたことであるのか、それとも伯爵が私に解説してくれたのか、いずれにしてもここでこの物語のまとめとすることにしましょう。
至高なる存在を思い起こすことによって、創造において、神があなたに投影(プロジェクト)したものを知るでしょう。時にそれは、かたちに捕われない永遠の美しさであり、善であり、完全さや真実の愛といったものです。それらは一つ一つの魂に宿っている、神の意識です。私達は、全ての感覚からやってくる印象を、意識を持って方向付ける、あるいは選択するという、神聖な自由を持っています。マインドに記録される印象において、至高なる本質の表現と、感覚の奴隷であるマインドからくるものとを観(み)分けることができるのであれば、不調和に陥ることはないでしょう。あなたは常に至高の存在と共にあり、神があなたに投影した、意識を持つことができるでしょう。あなたが神から離れ、この世的な感覚と一体化し、溺れるのであれば、それに相応する結果が現れてくるでしょう。自分の起源である神とは、全くかけ離れた行動へと駆り立てられ、その人物の命も、知性も力も、始めと終わりを持つことになります。
この真実を受け入れ、意識を持って認識すること、これを一日に一度や二度行うのではなく、常に一瞬一瞬思い出すのであれば、やがてその人物には徐々に、完全な自由と力が与えられてゆくことでしょう。そのようにして、自分自身が認識した、神聖なエネルギーを、意識を持って建設的に方向付けてゆくのであれば、その人物は全能のマスターに至る道を歩んでいることになるのです。たゆまぬ忍耐力と鋭敏な観察力で、あなたの内なる神との一体化を深めていく、ということです。
http://www31.ocn.ne.jp/~gnosisjp/japanese/hols6.html
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