2014年5月12日月曜日

第十の予言





2007.11.14
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第十の予言

カテゴリ:次元上昇
「第十の予言」という本を知っていますか?
第十の予言
第十の予言
ジェームズ レッドフィールド, James Redfield, 山川 紘矢, 山川 亜希子

アメリカで感情障害を持つ青少年のセラピストとして働く、ジェームズ・レッドフィールドという作家が、処女作「聖なる予言」に続いて著した第二作目の作品です。
第一作目の「聖なる予言」において、主人公と友人はペルーで発見されたという古文書を探しにペルーへと向います。そこで二人は多くの人々の導きにより9つの知恵を学ぶというストーリーです。そして第二作目の「第十の予言」では、主人公はついに時空を越えた体験をしながら第十の知恵を学び、自分がこの地上に生まれて来たバースビジョンを思い出すという展開が描かれています。
この二作目の第九章「未来を思い出す」には、この物語の醍醐味ともいえる驚きの発見と著者が信念としている奥義が描かれています。
「バースビジョン」・・・生まれて来た目的を知る旅という壮大なテーマが底辺を支えています。

エネルギーを上げなくてはいけない!やらなくてはいけないんだ! という危機的状況の中、どうすればいいかわからないといううろたえた状況で、一人がいいます。
「バースビジョンに戻るのよ。なぜ自分が生まれてきたのかを思い出すのよ」
そこからクライマックスのイメージ映像が次々と登場し、ついに彼らはあちら側の次元をみることができるのです。

一部を紹介してみましょう。
・・・私たちの目の前に、あちら側の次元がはっきりと映しだされた。私はその次元の魂たちのすべてが、この長いゆっくりとした進化のプロセスを生きてきたことを理解した。・・・延々と続く世代の歴史の中で、私たちは数えきれないほど何回も、この物質の次元に生まれ、たとえそれが、どんなに長くかかろうとも、あちら側の世界に存在している霊的文化をこの地球上で実現するために、進化し、目覚め、一体化するプロセスを、こつこつと歩んできたのだった。その旅は決して容易なものではなく、時には苦しみでもあった。 ・・・あちら側の次元のビジョンを見た人々は、神(聖霊)は常にそこにあり、常に近づくことができ、私たちが悔い改めて心を開き、神との交信をさまたげている障壁を取り除くのを辛抱強く待っていることを、明らかにした。・・・


第九章を読んでいくうちに、ふと気づきます。
それはアセンションと次元上昇、自己の目覚めと内的宇宙への旅を描いているのだと。

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私たちはそれぞれみな目的を持って、この地上に生まれてきています。
自分の目的を実現するため、またその目的を実現することによって、自分の生まれてきた意味を知るため、人は地上で修行と鍛錬を続けていくのです。
そのことに気づいて目的を果たそうとしている人と、そうでない人がいます。
そんな目的すら持てない人と、目的を持ち続けているのに実現しない人がいます。
目的を持つことを放棄してしまう人と、目的のために全てを犠牲にしてしまう人がいます。
でも、それら全てのどれが正しくて何が間違っているなどと判断できないことに、私たちは気づいていません。
自己実現に善悪の判断や、基準は意味をなしません。
彼らのことばでいう「あちら側の次元」に入るためには、孤独と分離の恐怖を体験し、征服したりされたり、傷ついたりつけたりという欲求を繰り返しながら、克服しつつ真理へと近づかなければならないのです。

私たち人間は普通、自分を苦しめたいとか傷つけたいとか願うものではありません。
よくある誤解の一つに「相手のことを思うからこそ自分の意見を言う・伝える」という行為があります。
それはある一面においてはとても有効であり、正しい行為に間違いはありません。しかし多面的に見ると、この行為は決して真実ではないのではないでしょうか。
「相手を思うこと」と「自分の意見を言う・伝える」という思いは、一つに繋がるものではないからです。
相手を思うことは自由であり、どのように思うかも自由です。しかし、自分の意見を言う・伝えるという行為は、コミュニケーションの手段なのであって、一方的に言う・伝えるという人の行為に対して、受ける人は愉快な気分を持たないからなのではないでしょうか。自分の意見を言う・伝えることは、相手を思うことでより一層感情の変化と心の思いを伴って強制的で押し付け的なものへとなりかねません。
それでは本来の目的である「相手のことを思うからこそ自分の意見を言う・伝える」という目的に到達するためには、程遠いものになってしまいます。
これが誤解のもとになり、心が通じあわなくなってしまうのではないかと思うのです。

この「誤解」という認識こそが、アセンションを妨げている大きな原因の一つなのです。
「第十の予言」の第九章の後半には、”終末”に関する予言の誤解と間違いについても述べられていて、主人公と友人たちが予言の本来の意味を悟る状況が描かれています。

私たちは「アセンション」について、もっと深く知らなければならないという「時」が近づきつつあるのです。

予言について、終末について、進化についての誤解を生み出してしまった過去の歴史から、私たち人類は大切な教訓を学び取り、未来に向けて誤解を最小限に抑えることが必要です。
空中を浮遊したり、意識が異常変性状態になったり、ありえない架空の想像として軽くあしらったりと様々な推測や憶測だけで、アセンションを理解しても仕方のないことです。しかしまたそれではアセンションについて知りえないということも真実なのです。

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聖なる書はこう告げています。
「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである。」
さらに
「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい」

「御霊」を「魂」に、「諸教会」を「こころのある所」に置き換えてみてください。
「耳のある者は魂がこころのある所に言われることを聞きなさい」

あなたのこころに、あなた自身の魂の声は聞こえていますか?

http://plaza.rakuten.co.jp/seed1q/diary/200711140000/

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