2013年10月28日月曜日

日銀は一刻も早くインフレターゲットをやめよ      野口悠紀雄     東洋経済

日銀は一刻も早くインフレターゲットをやめよ

異次元緩和の矛盾で混乱が続くマーケット

 
日本銀行が公表した政策委員会議事録によると、4月26日の金融政策決定会合で、複数の委員が「異次元緩和」の本質的な矛盾を指摘した。
すなわち、(1)金利の押し下げにつながる大規模な国債の買い入れと、(2)金利押し上げにつながる物価上昇の目標は相反すると市場が受け止め、動揺した可能性があるとの指摘である。
これは、この連載で述べてきたことと同じである。日銀内部でも同じ議論が行われているのは、当然と言えば当然のことだ。
金利は上がるのか? 下がるのか? どちらのメッセージを信じるかで、国債を買うか売るかの判断は、まったく逆のものになってしまう。そして、誤った判断をした場合の損失は巨額だ。先日、ある年金ファンドの運用責任者の方から、「胃が痛くなりそうだ」という話を伺った。
日銀は、「金利がどうなるかはマーケットが決めること」とかわすことはできない。なぜなら、正反対の方向付けを明確に述べているからである。どちらの方向付けが実現するのかを、明確化する必要がある。そうでなければ、市場の混乱は続く。
これまでのような1%のインフレ目標であれば、「インフレ期待を1%引き上げ、一方で実質利子率を1%引き下げる。そして名目金利は不変に保つ。現実の金利は、さまざまな要因で変動するだろう」という説明を行うことは可能だった。しかし、インフレ期待を2%にしてしまうと、もはやこのような説明はできなくなる。実質利子率をゼロまで引き下げたにしても、名目金利は上昇すると言わざるを得なくなるからだ。2%という目標は、この意味で「高すぎる」のだ。
インフレターゲットは多くの国で採用されているが、通常は高すぎる現実のインフレ率を抑制するための目標値だ。インフレ率を高めようとすると、さまざまな問題が発生する。まず、どのようにしてインフレ率を上げるのか、その道筋がはっきりしない。問題はそれだけではない。本質的な問題が二つある。第一は、インフレターゲットを設定しても経済は活性化しないこと。第二は、それが有害であることだ。


インフレ率上昇の効果は名目金利上昇で消滅する

まず、第一の問題を取り上げよう。期待インフレ率を高めるべきとの議論が誤りであることを、これまで指摘してきた。なぜなら、消費や投資などの決定に期待インフレ率は影響しないからである。
これは、本連載ですでに何度か述べたことなのだが、アベノミクスがよって立つ基盤が誤りであることを示すものなので、繰り返し述べたい。そして、なぜ消費や投資に影響しないのかを、言葉だけではなく、数式を用いて正確に示すこととしたい。
いま、期待インフレ率がπであるとしよう。現時点の価格をp0とすると、来期の価格は、p1=(1+π)p0だ。実質利子率をrとすると、名目金利は、i=r+πである。ここで、期待インフレ率が、π+⊿になったとする。来期の価格は、p1=(1+π+⊿)p0となり、名目金利は、i=r+π+△となる。
現時点で1円を貯蓄すると、来期に(1+i)円だけ支出できる。その実質値は、(1+i)/p1=(1+r+π+⊿)/(1+π+⊿)p0だ。
右辺は(1+r+π+⊿)(1-π-⊿)/p0と近似できる。これを展開し、高次の無限小であるπ、r、⊿の積を無視すれば、(1+r)/p0となる。
ここに⊿は含まれていない。つまり、インフレ期待が変化しても、1円の貯蓄で来期購入できる実質値は不変なのだ。
表には、それを数値例で示した。現時点で1円貯蓄した場合に1年後に購入できる実質値は、インフレ率が1%、2%であっても、1.02で変わりがない(100分の数%の差はあるが、無視しうるものだ)。


インフレターゲットがもたらす弊害

インフレターゲットが持つ第二の問題は、弊害があることである。
すでに述べたように、名目金利の上昇は、それが期待インフレ率の反映である限り、実体経済活動に影響を与えない。
しかし、次の場合、経済活動の抑制につながる可能性がある。
第一は、期待されたインフレ率上昇が、実際には生じなかった場合だ。この場合に何が起こるかを、前述のモデルで説明しよう。
インフレ期待が高まると、名目金利はr+π+⊿に上昇する。しかし、実際にはインフレ率は不変で、来期の物価は(1+π)p0のままだったとしよう。こうなると予測する人の行動はどう変わるだろうか?
この場合、現時点で1円貯蓄した場合に来期に購入できる実質値は、(1+r+π+⊿)/(1+π)p0となる。これを近似すると、(1+r+⊿)/p0となり、⊿が正であれば、前より大きくなる。つまり、いま支出せずに将来支出したほうが有利になる。このため、現在の消費が抑制される。名目金利が上昇するため、消費せずに貯蓄するほうが有利になるからだ。
投資についても同様である。将来の生産物価格は高くならず、比較すべき名目金利が上がるので、投資は抑制される。
多くの人は、2%というインフレ目標は達成できないと考えている。しかし、金利は現実に上昇している。したがって、ここで述べたような経済抑制効果が働く可能性が高い。
第二は、財政への効果だ。名目金利が上昇すると国債の利払いが増加し、財政の維持可能性に対する信頼がゆらぐ。そうすると、実質金利が上昇する危険がある。
このように、インフレターゲットは、百害あって一利ない。それはいまや、日銀のアキレス腱になりつつある。
過ちを改めるに遅すぎることはない。日銀は、一刻も早く、インフレターゲットを取り下げるべきだ。
週刊東洋経済2013年6月15日
http://toyokeizai.net/articles/-/14293

0 件のコメント:

コメントを投稿